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人生悲喜こもごも

演劇、哲学、うつ、人間関係など、日々感じたり考えたことを書きます。

人からバカにされても、自分を責めない生き方

ぼくは人にバカにされやすい気質なのですね。

 

そういう生まれついての気質があるかどうかわからないですけど、なんとなくそう感じています。それを自分では結構困るなあと思っているのです。

 

他人が自分を軽んじてきたとき、瞬時に、「なんだその態度は!」と切り返せればいいんですよね。ぼくにはその反射神経が鈍いみたいで、あとあとになってから、あれはぼくを軽んじていたんじゃないかしら、とおもって、腹が立ってくる。

 

バカにされにくい人は、ぼくの知る限りでは、それに対する反射神経がすごくいい。高校時代、ある同級生に結果としてちょっとからかうようなことを言ってしまったことがあって(具体的になんて言ったかは覚えていません)、そしたらその人に「Kさん、けんか売ってんの?!」と間髪入れずに言われてしまいました。もうぼくなんかそう言われただけでびっくりしちゃって、慌てて、「ごめん、ごめん、からかうつもりで言ったんじゃないんだ」と弁解して、ゆるしてもらいました。そしてその人をすごいなあとおもいました。

 

人を軽んじたり、もちろん自分が軽んじられたりすることは、基本あってはならないから、なめた態度とってきた相手には、すぐにそういう断固とした態度?毅然とした態度?つまりそのことに関してはオレは譲らないよ、みたいな態度をとってしかるべきなのですよね。

 

どうもぼくはその辺のことが弱くて、特に意地悪な態度されるのが苦手で、結構なめた態度とられても、その場はひるんで、あとになってから、腹が立つのパターンが多いのです。

 

相手のなめた態度は許さないという反射神経?能力?は、学生時代だけでなく、大人になって社会にでてからも必要な能力だよなあとつくづく感じます。

 

ぼくは人から軽んじられると、ぼくに至らないところがあるからと思ってしまいがちなのですが、たとえぼくに至らないところがあったとしても、それと、ぼくが軽んじられていいとういことにはならないんだ、それは相手がおかしいし、それについては、相手が至らないものだとおもっていいのだと。そのことで相手に文句言ってもいいんだと。それが正解なのだとおもいます。

 

しかしぼくだけに限らず、きっと相手の意地悪に毅然と立ち向かうことができないひとはいるとおもいます。ぼくのように意地悪が苦手で、ひるんじゃう人もいるとおもいます。なめた相手に対して強い態度に出るのは正しいことだとしても、現実は、自分自身は、そこまで強くでれないのです。

 

だとすれば、ぼくができることはそんな弱くてかっこよくない自分を許し、受け入れることなのだとおもいます。だってそうしないと弱い自分を責めちゃうから。自分責めると余計につらくなっちゃう。そういう弱いできない自分を許すことは正しいことかどうかわからないけど、真実に近いのじゃないかなあとおもうのです。

 

相手にしっかり言っていくスキルは必要ですが、自分をゆるし受け入れることで、弱い自分を責めるという葛藤からは多少免れられるのかなと、今はおもえるようになってきました。

 

意地悪はつらいけど、それにしっかり抵抗できない自分に失望するのは、なるべくやめていきたい、いまはそんな風におもっています。