人生悲喜こもごも

演劇、哲学、うつ、人間関係など、日々感じたり考えたことを書きます。

はじめての演劇体験 小学校6年生、台本・演出・出演

ぼくのはじめての演劇体験のお話です。かなり昔の話です。30年くらい前の話です。

 

ぼくはその時、小学校6年生で、修学旅行を控えてました。その修学旅行のリクリエーションで、仲良し3人組で、寸劇をやることになっていたのです。

 

ところが、修学旅行当日は、たしかぼくの具合が悪くて、リクリエーションに参加できなかったのですね。

 

そしたら、担任の先生が、それじゃあ、今度の全校集会の時に、時間とるからやっていいよと言われたのです。修学旅行だと観客は同学年だけだし、ステージもあってないようなものだったのですが、全校集会なので、体育館でやるわけで、ステージもあるし、全学年が見ている前でやる機会を与えられたのですね。

 

そんなこといままでやったことなかったけど、ひょうきんもののこんびだったので、なんか面白いことやろうということで、普段の授業中の授業妨害的なおふざけを、まあ体育館のステージの上でやろうということになったのです。

 

なんかね、ぼくはハッスルしちゃって、台本書いちゃったのね。そしたら、他の2人もそれでやろうということにすぐ同意してくれたのです。

 

芝居(寸劇)のタイトルは、「正義は勝つ!」。あらすじは、主人公(正義の味方)のぼくが、道を歩いていると、ちんぴらっぽいのが歩いてきて、肩がぶつかるんですね(わざとです)。そしたら、そのちんぴらが、「どこ見て歩いてんだ、このヤロー!」ときれて、ポケットに潜ませていたナイフを持ち出してぼくになぐりかかってくるのです。正義の味方のぼくは、そいつの腕を片手でかっこよくつかんでねじ上げて、一言「やめといたほうが、いいぜ」といって、そいつの腕ごと突き飛ばすのです。それで恐れをなしたちんぴらは、「ちくショー、覚えてやがれ!」と言って逃げていくわけです。

 

場所は、変わって、今度は、そのちんぴらが自分の親分に復讐のお願いをするわけですね。当時、小松政夫の「小松の親分さん」というのネタが流行っていて、親分役が小松くんと言ったので、それとかけて、「小松の親分さん、かたきを討ってください」とちんぴらがいうと、親分が「なにー、そいつはゆるせねえ、野郎ども、いくぞー!」というのです。出演者は3人しかいなのですがね。

 

それで再び、同じ道で、ぼくが歩いていると、小松の親分とちんぴらの二人が登場して、ぼくを取り囲んで、「覚悟しろー」とかいうので、最後に、正義の味方の必殺技がさく裂するのです。ぼくが「スーパー、ハリケーン!!!!」といって、派手にくるっと回ると、囲んでいた二人が、吹っ飛ぶというわけ。

 

飛び散っていった二人をみて、最後の決めぜりふが、

「正義は勝つ!」

 

END

 

 

という芝居です。10分弱の寸劇だったといおもいます。

 

結構、受けましてね、ぼくの「やめといたほうがいいぜ」と

ちんぴらが「小松の親分さん」のに泣きつく下り、

そして、さいごの「スーパーハリケーン!」のところで笑いがどっと起きました。

 

いやー、くだらないですが、あのときは、なんにも考えていなかったけど、

うけたし、それがうれしかったし楽しかった。

 

これがぼくの演劇初体験、しかも、作演出主演(最初でいまのところ最後(;´・ω・))の思い出です。

 

これがきっかけとなって、このあと、中学に一緒に上がった仲良し3人は、演劇部に入ることになるのです。

 

きょうは、ぼくの演劇初体験のお話でした。